Vol.2「消費者」から「文化的創造者」へのシフト
【コミュニティ】

ロシア発の新しいエコビレッジ運動
一族の土地、祖国コミュニティ

written by 大江亞紀香


一冊の自費出版の本から始まった、ロシア発のエコビレッジ運動をご存じだろうか。
1996年に自費出版としてモスクワの地下鉄駅の外で販売された書籍「アナスタシア」は、読んだ人の口コミで広まり、2010年までの間に10巻が発行され、現在、世界17カ国2,500万部を超えるベストセラーとなっている。


『アナスタシア ロシアの響きわたる杉』

『アナスタシア ロシアの響きわたる杉』(以下「アナスタシア」)シリーズでは、「一家族に1ヘクタール以上の土地を政府が無償提供し、提供された一族は、子孫代々に渡って相続税を支払う必要がなく、永続的に所有をし続けられる」、という「祖国」あるいは「一族の土地」というアイディアを、人が本来の力を取り戻す生き方として提案している。
実際、ロシアでは2016年に「1ヘクタール法」という法律が生まれ、極東地域に関して、土地の無償提供が始まっている。一連のシリーズで描かれた通りの未来が実現しているのだ。
このシリーズは、実在の実業家ウラジーミル・メグレ氏が、シベリアのタイガに交易のため訪れた際、その土地に暮らす女性、アナスタシアから聞いた話と、その場での体験談を書籍化したものである。
  書籍によると、「一族の土地」で収穫された作物や加工品の販売の収益は、非課税となる。「一族の土地」では、アナスタシアの提唱する特別な方法で木を植え、作物を育て、家を建てる。木を植えるのは、1世帯がその敷地中で先祖代々健康的に暮らしていくためには、健康的な生態系の循環をさせること、そして防風林や食用オイル採取等の他に、子孫がその材木によって家を新たに建てるためのものでもある。
こうしたまだ見ぬ子孫への思いを持って手入れした土地で過ごすと、土地と一族が特別の結びつきを持ち、その家族にとって「祖国」とも呼ぶべき安らぎと愛の空間になるのだという。実際、「アナスタシア」シリーズに掲載された方式に則り、1ヘクタールの土地を手に入れ、暮らしを始めた人々は、2017年時点でおよそ380コミュニティ、19,000世帯に上ると言われている(著者ウラジーミル・メグレ氏による)。
この現象は、ロシア国内にとどまることを知らず、近隣諸国を中心に、欧米、オセアニアや日本にも広がりを見せている。
一冊の自費出版された書籍から始まった、ロシア政府の法律制定にまで至った社会現象。 この現象の詳細を知るべく、アナスタシア・ジャパン代表、株式会社直日(なおひ)取締役の岩砂晶子さんを訪ねた。


アナスタシア・ジャパン代表 岩砂晶子さん

─アナスタシア・ジャパンではどのような活動をされているのですか?
書籍「アナスタシア」シリーズの翻訳、出版、販売と、祖国コミュニティに暮らす人々が採取、加工したシベリア杉から採れるオイル等の販売を行っています。書籍は第3巻まではナチュラルスピリット社から販売され、その後第4巻以降を翻訳、出版しています。 単に情報だけではなく、行間にあるエネルギーもそのままお伝えしたいと思っておりますので、著者メグレさんの意図したものが壊されることなく日本語に再現されているかどうか?に気を遣っています。

─ウラジーミル・メグレ氏が2015年に国連のエコビレッジ・サミットに参加した際、「祖国コミュニティは世界中にあるエコビレッジとは異なるものだと認識した」、とおっしゃっていたそうですが、エコビレッジと祖国コミュニティの違いは何ですか?
エコビレッジは「環境にやさしい暮らし」で、コミュニティでの暮らしは「新しい社会システム」と定義づけできるとしたら、祖国コミュニティには、それらすべての土台となる新しい思想や哲学、精神性があり、且つ人間関係や経済性といった全てをも包括したものといえます。どんな文明や社会システムも、ベースにある思想や哲学によって発展するものです。
祖国コミュミティでは、住民全員が未来の地球に対して明確で同一のビジョンを持ち、そこに目標を定めた暮らしをしています。これは、クラインガルデン(ドイツで盛んな農地の賃借制度)とも、ダーチャ(ロシア式家庭菜園)とも異なります。
現在ロシアの多くの祖国コミュミティは、日本でいうNPO法人の形態をとって運営され、共同で道路や学校、コミュニティセンターなどを建設しています。コミュミティによって異なりますが、新しい方から移住希望があった際は、事前アンケート、総会による面接、2年ほど実際に暮らしてみるという試用期間などが設けられているようです。
これから祖国コミュニティが生まれようとしている段階の日本では、彼らから大いに学び、あらかじめ対策を用意できるという意味で期待ができます。

ー祖国コミュニティの特徴である、「新しい思想、哲学、精神性」とは、どのようなものですか?
詳細は書籍に描かれていますが、人間本来の力や人類の存在する意義、自然観などと言えるかもしれません。これは宗教ではなく、人が元来持っている可能性やパワーを最大限に再認識させてくれるもので、現存するいかなる思想とも異なります。また、「すべての人間に備わっている、限りない宇宙の叡智を認識し、それを使ってこの地球上で暮らすことは可能なのだ」と、書籍は人々に伝えています。

ー実際に岩砂さんは何度か祖国コミュニティを運営している地域に現地視察に行かれていますが、実践されている方々の暮らしはいかがでしたか?
人々が心の底から満たされた気持ちで暮らしているのが見て取れました。みなさん最初は自分のためだけに「一族の土地」をつくりはじめたそうなのですが、自分のこの行動が地域や自然、社会全体のためになっていることを実感したのか、至福と自信に満ちていました。「一族の土地」で採れた野菜や食物をとり、仲間たちと家をセルフビルドしていました。そこで農的暮らしに専念する人もいましたし、近隣の町まで通勤し、仕事している人たちもいました。自然は本当に美しく、人から愛でられた自然はここまで美しくなるのだと感嘆しつづける時間でした。
一方で、まだインフラが整っていないために家の建設に苦労している人たちや、近隣の人たちと異なる性質を持つ場合には、人間関係の難しさを感じたりする人もいるようでした。



ー祖国コミュニティに関して詳細が描かれている第4巻が出版された時、真っ先にこの案に飛びつくのは貧困層だという想像を裏切り、中高所得者層が、自ら1ヘクタールの土地を購入して実践を始めたのだそうですね。
もとは、貧困層の救済のため、と言う想像がありました。土地を無償提供する代わりに、自給自足で暮らすことにより貧困を回避し、余剰的に取れた作物を販売することによって自ら収入を生み出す形式にするのです。ところが実際は、まず動き出したのは、都会のマンションに暮らす中高所得者層でした。実業家たちは、何十ヘクタールもの土地を一括購入し、それを分割販売してコミュニティを創り始めました。このように、政府主導の無償提供の土地のほか、元ソフホーズ(大型農場)だった地域を実業家らが一括購入する形での広がりも特徴的です。

ー祖国は、富裕層であったとしても、自らの手で木や果樹、食べ物の種を植えることが重要であると書籍にも書いてありますね。
はい、土地に関しては、子孫のことや家族のことを思いながら植物を植えたり、舌下に蒔く前の種を入れ、自分自身の情報を種に記憶させてから蒔くことで、自分や家族の健康に最も適した野菜が実るということが書かれています。富裕層の方であったとしても、経済的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさも手に入れるために、実際に生き方を変えたということになると思います。

ーロシア政府の動きを時系列を追ってお聞かせいただけますか?
19世紀後半、ロシア政府は土地の無償提供によって移住を進めるという政策をとりました。当時は、農地としての提供であり、その規模も100ヘクタールという広さでした。 1993年、ベルゴロド州政府によって「個人住宅建設支援制度」が発効され、その後、これをさらに展開させたかたちの州法「一族の土地支援制度」が発効されました。これは、希望する同州の住民に、同州の1ヘクタールの土地に49年間の借地権をつけて、無償で提供する、という内容です。この支援制度は、ベルゴロド州の州知事がアナスタシア読者であったことが、大きな要因です。
2011年になると、「一族の土地」に賛同する人々が、政党「母なる党」を結成します。 2016年、プーチン大統領が掲げる「東方シフト」政策の一貫として、ロシア連邦政府が「1ヘクタール法」を制定しました。これには、「母なる党」がイニシアティブをとり、さらにアナスタシア読者であるベルゴルド州知事と極東連邦管区大統領全権代表が後押ししたと言われています。1ヘクタール法の対象となる土地の申請はインターネットで行えたこともあり、申請初日に40万アクセスがあり、1万人の申請があったそうです。現在ではカムチャッカ地方の40万ヘクタールの土地も追加されたほど、この法律はロシア国民に大いに歓迎されて、人気だと聞いています。
現在ロシアにある大半の祖国コミュミティは、自主的に読者たちが築き上げたものです。一方、連邦1ヘクタール法は、近年になってやっとできたものです。

ー反対の声もあると著書に書かれていますが。
祖国コミュミティについて、ロシアの世論やメディアでも賛否両論あるようです。ロシア正教関係者やその関連メディアは批判的ですが、そのほかのメディアや世論は、とても良い案だと称賛しているそうです。

ーロシア国内でどのくらいのパーセントの方々が祖国コミュニティに携わっているといえるのでしょうか?
何万人もいますが、全体の割合としてはまだ1%にも及ばないでしょう。しかし、ベストセラーになって読者は何百万人もいるのですから、現在は携わっていなくても、将来的に祖国をつくりたいと願う予備軍はたくさんいると思います。

ー世界で祖国コミュニティは、どの程度の広がりとなっているのですか?
残念ながらロシア以外での正確なリストはまだないそうですが、アナスタシア財団が公開している情報はつぎの通りだそうです。ベラルーシ・ハンガリー・ドイツ・カザフスタン・ラトビア・モルドバ・ポーランド・アメリカ合衆国・ウクライナ・フランス・エストニア。



ー日本での動きはどのようなものがあるのでしょうか?
「アナスタシア」シリーズのコアである4巻や6巻の刊行後、日本で祖国づくりをはじめたいという人たちが年々増加しています。実際に、個人でヘクタール規模の土地を入手し、「祖国・一族の土地」をはじめている方もいらっしゃいますし、祖国コミュミティづくりのための集会なども各地で行われています。
また、日本特有の動きもいくつかあります。一つ目は、既存のエコビレッジやコミュニティにおける動きです。4巻の刊行後、彼らは、当シリーズのエッセンスを即取り入れたのです。二つ目は、1ヘクタール未満という入手しやすい面積での祖国づくりです。これは、土地が狭い日本ならではの動きですね。三つ目は、都市部などの住宅地でできる祖国です。実際、書籍では「森に行く必要はない。まずは自分たちが汚した土地を綺麗にするように」と書かれていますし、今いる場所で実現が可能なので、関心が高まっています。四つ目は、里山遺産の再認識です。「先祖から引き継いだ山や畑の負の遺産をどう処分しようかと考えていた」という方々が、当シリーズを読まれ、時代を超えて受け継ぐことのできる豊かな祖国が自分には既にあったことに気付き、先祖からの土地を「祖国」に変容するという動きです。

ー人間には宇宙の叡智が備わっており、その叡智を発揮し、幸せに生きることが可能で、 そのためには土地との絆を深め、望む未来をイメージすることが大切である、と感じ取った人たちが実践を始めていることが伝わりました。岩砂さんの、言外にある大切な空気感を含めてお伝えされようとしている姿勢と感性にも感銘を受けました。本日はありがとうございました。


アナスタシア・ジャパン:http://www.anastasiajapan.com/
書籍アナスタシア:
http://www.anastasiajapan.com/product/27



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